妊活・妊娠したい

【イクリレ】枡田絵理奈さん①~妊娠発覚、広島での出産を決意した決め手とは~

早く妊娠を確認したくてフライングしてしまいました

貞松:まずは妊娠についてお伺いします。妊娠はどのようにわかりましたか。

枡田:妊娠の兆候があり検査薬で検査したら、早かったのか、なにも線が出ず1回ごみ箱に捨てたんです。それで数時間後にもう一回見てみたら線が入っている気がして、次の日もその次の日も検査してみたら、やっぱり線がうっすらあるので産婦人科に行きました。でも早すぎてもう一度来てくださいと言われました。 妊娠したかもという嬉しい気持ちと早く「妊娠した」と診断されたいのに帰されてしまって不安な気持ちがありました。

貞松:それから何ヶ月後に妊娠したとわかりましたか。

枡田:1ヶ月くらいだったと思います。

貞松:つわりはありましたか。

枡田:1人目の時は多少はありましたが軽かったので、今日はカレーが食べたいとか、今日はそばしか食べたくないとか、そういうつわりで大丈夫でした(笑)それが2人目のときは、1日3回、食べたら吐いてしまっていたんです。

貞松:何が違うんでしょうね。

枡田:同じ自分の体なのに、こんなに妊娠によって違うんだなと思いました。しかも上の子が1歳3ヶ月くらいの時で子育てもしながらのつわりだったのですごく大変でした。

貞松:マタニティーブルーはありましたか。

枡田:少しありました。楽しみ9割、不安1割で、早く産まれてきてほしい気持ちと産まれたら自分のために時間を使うことはもうできないんだなって思ったのと、なんといっても知らない土地での子育てが不安でした。

アスリート選手の妻として広島での出産を決意

貞松:産婦人科はどうやって選ばれましたか。

枡田:まず「どの街で産むか」を考えるところから始まりました。私は地元が神奈川、主人の実家は愛知、結婚して暮らしているのは主人が所属している広島カープの本拠地広島という状況で、主人はシーズン中だったので、私がもし家を1ヶ月以上空けてしまうと、その間アスリートにとって大事な食事は誰が面倒見るんだろう、って悩んだんです。私がいないせいでパフォーマンスが変わってしまわないように、ギリギリまで主人の手伝いもしたいなと思ったので、当時は友達もいない、知らない街「広島」に決めました。

貞松:献身的ですね。決め手はなんでしたか?

枡田:広島に決めたあとは、カープの先輩選手の奥様たちに使った病院を聞いて、自分たちに合いそうなところを探しました。実際に何か所か病院へも行って、待合室の待ち時間の雰囲気も見ながら、話が合うと思った先生にしたんです。主人が遠征に行ってしまうと、本当に知らないところで産むことになるので、計画分娩や無痛分娩など選択肢が持てるところにしたかったんです。あとは、料理がおいしそうなところを。(笑)

貞松:知らない街での出産を決意されて、ママ友はどうやって作ったんですか?

枡田:産婦人科の母親学級に行った時に隣の席の人に、「すみません」って話しかけて。(笑)「広島に知り合いがいないので、よかったら友達になってくれませんか?」って言ったら、向こうも「え?枡田アナじゃないですか!?」ってびっくりされたんですけど、そういった人たちが今かけがえのない友だちになっています。同じ時期に出産して、成長の悩みを常に共有し合えているので、あの時勇気を出して声をかけて良かったです。

貞松:産婦人科は声をかけにくいですよね。

枡田:そうなんです。まわりで電話番号を交換している人なんて見たことがないし、かけにくかったですね。あとは、広島の街に「転勤族の奥さん集まれ」みたいな会があって、そこでは地元が広島ではない人と出会えるので、知り合いがいない不安を共有できました。今は広島がホームに感じるくらいになってます。

貞松:広島に住んで驚いたことなどはありましたか?

枡田:広島は本当にカープを応援している方がたくさんいて、歩いているとたくさんの方に、主人にだけじゃなくて私にも「頑張ってね」って声をかけていただくんです。みなさんがあたたかいですね。あとは、自然が豊かで遊び場がすごくいっぱいあるので、子育てがしやすいです。東京だと電車に乗って遠くまでいかなければいけない広~いスペースの遊び場がいたるところにあって、すぐに行けます。

第一回目は妊娠発覚から出産までのお話をうかがいました。アスリート選手の妻として“責任感の強さ”が感じられるお話でしたね。第二回目は子どもが生まれて変わったことをうかがいます。次回もお楽しみに!



2018/09/21

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この記事の監修/執筆

イクリレ編集部